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2019年12月30日記。
(ここ数年、年末にプロフィールを更新しています)


鹿児島市鴨池新町在住、ウチザワタツシ(たっちゃん)、72歳です。
2019年は年男でした。


生まれ・育ちは北海道旭川市(18歳まで)。
鹿児島に住み暮らすようになって43年が経過しました。
2012年3月に鹿児島大学教育学部を定年退職。
元大学教員(教育学)です。


2005年に大病(急性心筋梗塞、心臓バイパス手術)をしましたが、
おかげさまで命が助かり、その後はありがたいかな健康です。

現在、ツレのトモちゃんといっしょに「毎日が日曜日」の生活です。
それで相当暇なはずですが、これがなぜか結構忙しい日々です。


週4〜5回、スポーツジムに通っています。
6月にジムのマシーンが全面的に新しくなり、それがきっかけで、
以前はテキトーだったトレーニングにも力が入るようになりました。

山行は昨年数回だったことを思うと、今年は16回でよかったと思います。
でも、体力はまだまだありますので、2020年は遠征も含めて
もっともっと山歩きを楽しみたいと思っています。


2019年の一番印象に残る映画は『新聞記者』でした。
邦画では久しく聞かなかった政治エンターテインメント作品です。
今日の南日本新聞(共同配信)に、同映画のプロデューサー、
河村光庸(みつのぶ)さん(新藤兼人賞受賞)の紹介もあり、
今後の映画界を注目していきたいと思いました。

モリ、カケに続く、サクラ。
2020年はさすがに決着をつけるときでしょう。


2019年の後半で、僕が一番衝撃を受けたことは、スウェーデンの
気候活動家、グレタ・トゥンベリさんの訴えです。
僕も黙っては居られないと思うようになりました。
このところ毎年のように起こる豪雨災害。
今冬も“暖冬”でしょうか。スキー場は困りものでしょうが、
以前の感覚だと「暖かく過ごしやすい」などと言ってすましかねません。
でも、それも気象異常のひとつ、地球温暖化の結果なのでしょう。
夏場の災害につながっている …
大変なことではないでしょうか。



トモちゃんと一緒に続けてきた
「登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)」の
月例会(毎月第3日曜日)の活動が2019年で30年を数えました。
この会は、誰もがみんな「自分が自分の主人公!」という生き方を
学びあう会だと言ってもいいように思います。

2020年も続けます。
どうぞよろしくお願いします。







このページをご覧の方々へ

アクセスしてくださり、ありがとうございます。

以前は、下記の自己紹介文でした。






「ウチザワタツシ」です。
ハンドルネームは、「tachan55」、または「たっちゃん」、はたまた「ゴンタ」。



1947年3月、北海道旭川市生まれ。
父方「トメノスケ」の孫、「スエジ」の子(「留」や「末」に意味がある)。
母方は、「カクベエ」「ネネマツ」「トリマツ」「トキ」といった家系
(ルーツは、ともに東北は岩手・南部)。



旭川は寒い(マイナス41度の記録がある。かなり昔のことだが)。
大学生になって札幌に出た。「札幌の冬は手袋無しでも暮らせる。
なんと暖かいところか!」と思った。



北海道大学教育学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学後、
1976年10月、鹿児島大学教養部講師(教育学)に採用される。
鹿児島は暖かいし、夏は暑い。
だが、「その冬はなんと寒いところか」と最初は思った。



79年助教授、91年教授。97年教養部廃止にともない、
教育学部に配置換え。
現在、鹿児島大学教育学部教授。
大学院(修士課程)では、
教育学コースのなかの「学校経営」の分野を担当。



「たのしい授業・仮説実験授業」を1988〜89年頃より、
本格的におこなうようになる。
学生諸君から「たのしい」「ためになる」と好評を得ている。
仮説実験授業研究会会員。「板倉賞」受賞(2003年)。



「登校拒否を考える親・市民の会(鹿児島)」(1989年5月発会)の世話人。
同会月例会(第3日曜、午後1〜5時)は、ゴルフか釣りにでも行ったように(たっちゃんは両方ともしないし、できないが)自身のリフレッシュの場でもある。



たのしいことが一番!
研究室を「たの研」、自分のゼミを「たのゼミ」と称する。




趣味・囲碁(アマ五段挌。好きな棋士は、武宮正樹九段)。
なかなか打つ機会はない。名人戦や棋聖戦、本因坊戦の折には、
インターネット・ライブ中継を楽しむ。



家族は、現在、「社長」の妻(トモちゃん)と「工場長」の娘(このホームページを作っている)、そして「ひら」私の三人で、鹿児島市鴨池新町に暮らす。
「優秀な社員」(息子)が一人、関西にいる。
「コナン」(シーズー犬・オス12才)は、どんなときでも、あたたかく「ゴンタ」を迎えてくれる。感謝!!



皆様、どうぞよろしくお願いします。




上記は2004年3月までのこと。


2005年2月に愛犬コナン没(13歳7ヶ月)。


2005年9月 急性心筋梗塞、10月 心臓バイパス手術。
他になにはなくても「健康には自信あり」、その過信がいけなかった。
が、幸い命が助かり、いまの自分がいる。

大病など、誰もしたくない。でも、大病したからこそわかったこと、気づいたことも少なくない。今では「病気に感謝!」の気持ちがいっぱいだ。
これからは本当に健康に生きてゆけそうです。



2001年末から引きこもり、2002年11月にこのホームページを作ってくれた工場長の娘は、2005年より動き出し、今年(2007年)3月から東京(埼玉)で働き暮らしている。
我が家はいま、社長の妻(トモちゃん)と二人きり。
「ひら」のたっちゃんは、家でもとっても幸せです。



最近は週に5日は、二人でウォーキング。
体力(脚力)がついてきて、この5〜6月に3度、霧島の山歩きに出かけた。
二人の共通の趣味になりそう。


(2007年6月12日記)




僕の大病についてはこちら →「2005年秋のこと」



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最終更新: 2019.12.30

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