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この一文は、僕が2008年6月に、不登校や引きこもりの自分を肯定できずに悩んでいる子どもや若者向けに書いた「私は、僕は、今、どうしたらいいの?!」という記事の一部(「6. 将来が不安だ」)です。

不登校や引きこもりに限らず、誰しも、多かれ少なかれ、いま現在の自分を肯定できずに困ってしまうことがあります。これはそうしたときの参考にもなると思います。


内沢 達


いまを生きる



あなたは、「将来が不安」ですか?
「こんな自分でも将来、やっていけるのだろうか?」と不安になることがありますか? きっと、あるのではないでしょうか。
子どもや若者の場合はとくに、多かれ少なかれ誰にでもある不安だと思います。


大人の場合はいろいろ経験を積んできているので、子どもほどはないでしょう。けれど、今はない人でも、若かったときにそういう不安に襲われた経験はやはり誰にでもあると思います。


「将来が不安」という言い方をしますが、どうして不安になるのでしょうか。
先がどうなるのかわからないから、将来は不確かだから、不安になるのでしょうか。


それもあるでしょうが、不安になっているのは「今、現在だ」ということに注意が必要です。今の私、今の僕が、安心できずに「将来が不安」になっているのです。


私たちが生きるのは、絶えず「今、現在」です。
私たちは、過去をふりかえったり、未来を想像したりすることはできても、その二つの時は生きられず、生きられるのは現在だけです。


「こんな自分でも将来、やっていけるのだろうか?」という「こんな自分」も、過去や未来の自分ではなく、「今、現在の自分」です。「今の自分」が「今の自分」自身を評価した一つの表現が「こんな自分」です。だから、「将来が不安」という、その源も不確実な未来や将来にではなく、今、現在にあります。


誰にとっても未来は不確実ですから、ちょっとした不安があることは何も問題ではないでしょう。小さな不安だったら、誰にだってあります。


問題は、大きな、自分を押しつぶしかねないような不安です。
その大きな不安はどうしたら小さくなるのでしょうか?
小さくなるポイントは、今の自分を認められるようになることです。


まず、今、現在、とても大きい不安がある自分自身を「ダメな私(僕)だな〜」と思わずにそのまま認めてあげましょう。「小さく」と言いながら、「大きい」不安を抱えている自分をそのまま認めるとは矛盾しているように思われるかもしれませんが、そんなことはありません。


「大きい」を否定したら小さくなるのではありません。不安が大きいのは良くないと意識すればするほど、不安は小さくなるどころか反対にさらに大きくなっていきます。
そうではなく、「不安が大きくなるのは当たり前だな〜」と認められるようになると違ってきます。不安が大きかったら大きい、その今、現在を肯定できるようになることが大事です。


なにしろ、大人たちはこれまで善かれと思って、子どもを激励するつもりだったかもしれませんが、実際はとても良くないことを口にしてきました。散々「そんなことで将来は、どうする!?」「やっていけるのか!?」などと説教したりして、どれほど子どもたちの今、現在を否定し、「将来への不安」をあおってきたことでしょうか。何も言われなくても不安なところに、そのような大人たちの言葉が重なるとどうなるでしょうか。


いつしか、あなた自身も今、現在のことよりも先のことばかり、しかも漠然と心配するようになったとしても全然不思議ではないでしょう。今、不安が大きくなってきている自分を責めてはいけません。不安が大きい自分自身をそのまま認めてあげましょう。不安が小さくなる第一歩です。


次に、いや次も、やっぱり今の自分のことです。
大事なのは今です。すべては今です。
今、現在のことに一生懸命になることです。
今のことではなく、将来のことに一生懸命になってはいけません。


と言っても、将来は「まだ(未だ)来ない」ので一生懸命になりようがありませんが、「将来を考える」ことだったら際限なくできます。それがいけない。
未来は不確実なのですから、不確実なことはいくら考えても確かになりません。考えれば考えるほど、不安が大きくなるだけです。そういうことはやめて、今、現在のことに一生懸命になりましょうということです。


それは、しかし、「あっ、やっぱり今を無為に過ごしてはダメなんだ!?」ということではありません。今、あなたが、なにもしたくないのであれば、しないでかまいません。言わば、「何もしない!」ということに一生懸命になればいいのです。もちろん、なんであれしたいことがあれば、そのことに一生懸命なればいいのです。


あなたは、今、学校に行っていません。また、あなたは、今、引きこもっています。「学校に行っていない」ということ、あるいは「引きこもっている」ということに一生懸命になることが今のあなたの課題です。


今が大事。今を生きる、ということはそういうことです。


「なにもしない」ことや「引きこもる」ことに「一生懸命になる」なんて、おかしな言い方だな〜と思われるかもしれませんが、なにもおかしくありません。


今「なにもしたくない」あなたの場合、他のことは、今のあなたの課題ではありません。たとえば、「学校に行くための準備、受験勉強をする」とか、あるいは「働いてお金をかせぐ」といったことは、今のあなたの課題ではありません。


そういったことは、いつも「しなければいけない」ことではなく、あなたが自然に「したい」「しよう」と思ったときに初めて課題になることです。今、現在、そういう気持ちになっている人は、一生懸命になればよいのです。そうでない人は、まだ、今、現在の課題になっていないのですから、「しない」ということです。と言うよりも「しようとしたらいけない」のです。


不登校や引きこもりには誤解や偏見が多いだけに、「なにもしない」ことや「引きこもる」ことに「一生懸命になる」のは、「勉強する」ことや「働く」ことより、はるかに難しいことです。でも、世間に合わせたり従ったりするのではなく、自分自身の気持ちに素直になればよいのですから、簡単なことでもあります。


漠と将来を思い煩わずに、今、現在の課題に一生懸命になりませんか!
絶えず、今を生きる! こうした生き方に慣れれば、どんな将来の「今」も生きることができます。これほど確かなことはありません。


再度、記します。あなたは、今、学校にいっていない、あるいは引きこもっています。あなたは、へたにあがかないで、今はそのことに一生懸命になってください。


あなたが今の自分を自然に肯定できるようになると、毎日が明るくなり、未来も確かに開けてきます。





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最終更新 : 2012.4.28
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